活動を開始するときに最初にしたこと

ビジネスの気づき

起業じゃなくて事業部を作りたかった。

元々起業願望ゼロから始まったわけですが、だからといって、それは構想ゼロだったわけでは決してありません。

私は元々地元でフリーペーパーを発行する会社で広告営業をしていました。
当時の平均年齢が確か25歳くらいで、男女比は半々くらい。若干女性の方が多いかなぁみたいな感じだったと思います。

広告業界あるある、というわけではないと信じたいのですが、でも現実その会社では、結婚・妊娠をきっかけに離職する人が当時は多かったなぁと思います。
(多分今はそうでもないはず。)

私は前職の会社がとても好きだったので、結婚しても退職する気はないし、それは妊娠しても変わりませんでした。でも妊娠した当時、よく言ってましたけど、私は妊娠したことによって「ママメガネ」をかけたのです。

世の中のすべてのことが「ママ」というフィルターを通してでしか見られなくなっていました。

そこで私が考えたのが、会社の中に「ママ事業部」を作る、ということ。
結局3~4年、社長にプレゼンし続けて、通らなかったから今に至っているわけですが、今思えば、あのプレゼンの日々はとても貴重だったなぁと思います。

事業は継続可能性が大事。

事業を始めるということは、それが継続可能なものでないといけない、という超当たり前のことをあえて書いてみました。

会社の中に事業部を作るには、社長の首を縦に振らせる必要がありました。

その会社の素晴らしい考えのひとつに「挑戦する者が最も評価に値する」というのがありました。ママ事業部を立ち上げたいと言い出す前にも、いろいろ挑戦させてもらってきました。

どうして挑戦させてもらえたのか。
1つは、社会的価値が高い。
1つは、クライアントの満足度向上(付加価値向上)につながる。
1つは、利益が上がる可能性が高い。
のいずれか1つ以上に合致していたからだと思うのです。

これも当たり前のこと。
それを過去の経験から体感してきていたので、これらをクリアできるように考えました。

けど、撃沈。

社長の首はびくとも動きませんでした。
結局、社長からは「わかったわかった。会社としては動けないけど、ドイさんの好きにやってみなよ。」とあまりのしつこさに半分呆れるように回答をもらったのです。

こうなれば、今度は結果を出して、ギャフンと言わせてやるぞー!!!と負けず嫌いが異常レベルの私は奮起したのでした。

継続可能なもの、ちゃんと利益が出せて、ボランティアにならないこと。
みんなが「それいいね!」と共感してくれること。
悩みに悩んで、動き出すわけですが今から思い返しても料金設定は間違えたなぁと思うことが多々あります。が、それはまた今度書きたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました